The Sense of Wonder
レイチェル・カーソンといえば、” Silent Spring “「沈黙の春」を
思い浮かべる方が多いでしょうか。私は大学生の頃、この著書を読み
強い衝撃を受けことを今でも鮮明に覚えています。
後に、彼女の最期の随筆となる” The Sense of Wonser “「センス・オブ・ワンダー」に
目を通すことになるのですが、そのときはまだ、彼女の言葉が心に届きませんでした。
原書だったこともあり、当時の私の英語力では理解できない部分も多かったのかもしれません。
それから20年。再びこの本との出会いがありました。
ご縁があって、翻訳されたものの朗読を聴く機会に恵まれました。
一つ一つの言葉が心を揺さぶりました。子供を持って親になったからでしょうか。
レイチェル・カーソンが伝えたかったことが初めて心で理解できた気がしました。
長い歳月を経て、再び私の前に現れた『センス・オブ・ワンダー』。
この本を通して、今、たくさんの新しい出会いをいただいています。
子供達の世界は、いつも生き生きとして新鮮で美しく、驚きと感激にみちあふれて
います。残念なことにわたしたちの多くは 大人になるまえに澄みきった洞察力や、
美しいもの、畏敬すべきものへの直観力をにぶらせ、あるときはまったく失ってしまいます。
もしもわたしがすべての子どもの成長を見守る善良な妖精に話しかける力をもって
いるとしたら、世界中の子どもに、生涯消 えることのない「センス・オブ・ワンダー
=神秘さや不思議さに目をみはる感性を授けてほしいとたのむでしょう。
この感性は、やがて大人になるとやってくる倦怠と幻滅、わたしたちが自然という
力の源泉から遠ざかること、つまらない人工的なものに夢中になることなどに
対する、変らぬ解毒剤になるのです。
子どもたちがであう事実のひとつひとつが、やがて知識や知恵を生み出す
種子だとしたら、さまざまな情緒やゆたかな感受 性は、この種子をはぐくむ肥沃な
土壌です。幼い子ども時代は、この土壌を耕すときです。
美しいものを美しいと感じる感覚、新しいものや未知なものにふれたときの感激、
思いやり、憐れみ、賞嘆や愛情などのさま ざまな形の感情がひとたび
よびさまされると、次はその対象となるものについてもっとよく知りたいと思うようになります。
そのようにして見つけだした知識は、しっかりと身につきます。
自然にふれるという終わりのないよろこびは、けっして科学者だけのものでは
ありません。大地と海と空、そしてそこに住む 驚きに満ちた生命の輝きのもとに
身をおくすべての人が手に入れられるのです。
レイチェル・カーソン著『センス・オブ・ワンダー』(上遠恵子訳)より
みすず